[ スペシャル ]
キャストインタビュー
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冬ノ熊肉さん / 尾田進 役
――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!今回の企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。
これは難しいぞ……! というのが第一印象で、やはり難しいお話でした……。
――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。
真っ直ぐで明るくて、作中のような状況だからこそ希望を抱いて音楽に没頭する姿でしょうか。
どんな事があっても愛を忘れない、どこまでも愛をどんな形でも愛を……さとう……。――尾田進を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?
私の勘が鈍いのもあり、お手数をおかけしてしまいまして……。
時代の背景、その時代に生きる若者の前を向こうとするエネルギー、話すテンポ、リズム、感情………。
1トラック目は私の納得がいくまで何度もトライさせていただき……すみませんでした!――キャラクター作りにとても真剣に向き合っていただき大変ありがとうございました。おかげさまで理想以上の尾田進になりました!
――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!
今回はあえてこんな言葉で聞きどころを。
「さとうは、甘い」どんな甘さでしょうか。――進の実家が宝飾店ですが、アクセサリーに関して何かエピソードはありますでしょうか?
詳しく、何を指に嵌めたかは覚えていないのですが……輪っかを嵌めて抜けなくなり、石鹼とか使っても抜けなくて泣いた小学生時代があります。
ちなみに叔父に輪っかは外してもらえました。――進になりきってヒロインにひと言お願いします!
英語で書くとSaxophone。そう、サクソフォーン。サックスって口語の略称らしいぜ。
――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!
全四巻のキャバレーと角砂糖。今回は一巻目、尾田進の声を担当させていただきました。
さて、彼らはどんな道を歩み、選択をするのでしょうか。お聞き届けていただけましたら幸いです。 -
土門熱さん / ジョン・カワグチ 役
――収録ありがとうございます。お疲れさまでした!今回の企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。
遠い昔の日をモチーフにしたシナリオでしたが、セピア色ではない鮮やかな彩りを感じられました。
――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。
日系人としてのコンプレックス、時代のプレッシャーを内包しつつも、個としての人生を精一杯歩んできた人だと思いました。
――ジョン・カワグチを演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?
変にカタコトにしないように心掛けました。
軍人として、人として、核になるものがあるヒトであるように。――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!
時代感みたいなものが全体から伝わればいいなと思っています。
――戦後日本が舞台ですが、この時代にどんな印象や思いをお持ちですか?
立ち上がる生命力!
――ジョンになりきってヒロインにひと言お願いします!
貴女は自由だ!
――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!
是非、ジョンだけでなく、他のドラマもお聴きいただいて、作品の世界の奥行を感じてみてください。
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茶介さん / 不破学 役
――収録ありがとうございます。お疲れさまでした! 今回の企画についての印象や感想を教えていただけますでしょうか。
時代背景・設定がとても好みで、是非やってみたいと思いました。
――演じられたキャラクターの魅力をお伺いできますでしょうか。
終戦から高度経済成長期へ向かう、良くも悪くも日本が前に進もうとした時代を生き抜こうとした人。
したたかで強く、汚れることを厭わない。
――不破学を演じるにあたって心がけた点や難しかった点、または演じやすかった側面などありますでしょうか?
昭和の、まだ白黒映画の頃の芝居をやってみたくて挑戦しました!
台詞に小細工をしない、粗さと熱量だけのような強い台詞。
今回わがままを通してくださったひつじぐもさんに感謝です!
――今回の収録で印象に残ったシーンや台詞はありましたでしょうか? また、聞きどころをぜひご紹介してください!
たまに出る「~になっちまった」がとても時代感がありました。
――学が現代で生きるとしたらどんな生活をしていそうでしょうか?
学生時代から起業してそう。
――学になりきってヒロインにひと言お願いします!
「地獄の果てまで共に行こう」
――最後に、CDの発売を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします!
社会が、世の中が、あまりに急激に変わりつつあった時代。
翻弄され、それでも必死に生きようとした人達のお話です。
汗と泥と熱を強く感じて頂けたら嬉しい限りです!
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早川優雅さん / 山野辺響 役
Comming Soon
スペシャル小説
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胸の音楽が鳴り止まない / 尾田進
「いらっしゃいませ」
背筋を伸ばし、斜め四十五度の角度でお辞儀をする。
軽く口角を持ち上げ、尾田進は男とにこやかに視線を交わした。
進の父が切り盛りする宝飾店の在庫品は接収されたばかり。一般の売買も禁止された。今後調達できる真珠や高価な工芸品は全てGHQに納入するよう命じられている。だが、終戦前に庭に埋めたり各地に分散して隠したりした本当に価値ある真珠やダイヤモンドは残っていた。将校たちもそれを承知だからこそ、こうしてわざわざ進の自宅を訪れては非公式の買い物を楽しむ。
戦場から帰還したばかりの進は、日々スーツ姿で応対していた。
「本日は何をお求めですか?」
「この前言っていたダイヤの指輪は、まだあるかな?」
「ええ、ございますよ。こちらです」
進は白手袋をはめ、背後の金庫から指輪を出してみせる。
宝石が照明を反射して、非現実的な輝きを放った。
進は時々考える。自分は少し前まで、戦場でいつ命を落とすかという状態だったのに。
実際、多くの仲間たちが苦しい戦いの中命を落とした。
それなのに進は生きて戻って、高級品を掘り返しては敵に売っている。その生にどんな意味があるのか……。
わからない。生きている実感がなかった。
その夜、進は家の離れの押し入れから、サックスケースを取り出した。
昔から音楽が好きで、戦争へ行く前は親しい友達とバンドを組んだりしていた。
プロを夢見たこともあったけど……。戦争が全部をダメにした。
(俺は、何がしたいんだろうな……)
その夜、進の暮らす離れからは、サックスの音が鳴り止まなかった。
*
進駐軍クラブで演奏するバンドメンバーを募集している。そう聞いた時には興味を引かれたけれど、自分には店の仕事があるしとあきらめていた。
朝までサックスを吹いて、ふと募集の件を思い出した。
それで進は衝動的に、サックスケースを抱えて家を出た。
はたして駅前には、進駐軍のトラックが数台並んでいた。周囲には楽器を抱えた連中も大勢いる。
「バンドメンバーはまだ募集してるのかな?」
トランペットを抱き駅舎の壁に寄りかかっている若者に聞くと、彼は進のサックスケースに目をやった。
「サックスは足りてないはずだ。きっと仕事にありつける」
「本当か?」
望み薄だと思っていたが、来てよかった。
それからしばらく。駅前に集まっている者たちの中から即席のバンドが組まれ、進駐軍に派遣されることになった。きちんと日当も出るらしい。
「はじめまして、だよな?」
出発するトラックへ乗り込んだ進に、少し年上の男が声をかけてきた。
「ああ、初めて来た。尾田進だ」
「尾田くんか。俺はドラム担当で……」
「僕はピアノ! サックスと合わせられるなんてうれしいな」
トラックの荷台に揺られながら、皆が口々に名乗っていく。
即席のバンドとあって、全員が知らない者同士だった。
「それで、今日は何をやる?」
「ジャンルは?」
「そうだな。スイング・ジャズで、できる曲は?」
それぞれが弾ける曲を挙げてゆき、その日の曲目が決まった。
トラックが進駐軍クラブに到着すると、すぐにステージに上がらされる。
一度も合わせていない、一発本番だ。ドラムのリズムに耳を澄ましながら、進は慎重に音を重ねていった。
進もサックスの腕には自信があったが、プロとしての演奏は今回が初めてだった。リードを震わせる息はこわばり、キーに置く指は緊張に汗ばむ。
それでも、二曲、三曲と続けるうちに、目の前に広がる景色が変わっていった。
楽しい。最高に楽しかった! 仲間と息を合わせ、音楽を奏でることがこんなにも心躍ることだったとは。
やっぱり音楽だ、俺の人生を明るく輝かせるのは音楽だけなんだ――。吹くたびその思いが強くなる。
ステージを終えた頃には、戦争も、商売人の息子としての自分もすでに過去のものになっていた。
「Good job! You're a great saxophone player!」
ステージからバックヤードへ引っ込むと、進駐軍のスタッフが瓶詰めの飲み物を差し入れてくれる。
「サンキュー、気に入ってくれたならうれしいよ」
進は興奮冷めやらぬ中、渡された瓶を掲げてみせた。
瓶からはシュワシュワと音がする。
酒かと思って口をつけると、クセのある味と強い炭酸が鼻に抜けた。
「ゴホゴホッ! なんだこれは!」
進は咳き込み周囲を見回す。
「ははは! コーラだよ、知らないのか」
ドラムの彼が同じものを飲みながら、進の肩にひじを置いた。
「アメリカの酒? 結構キツイな」
「酒じゃない。子どもも飲む飲み物だ」
「本当に!?」
進の反応に、他のバンドメンバーたちからも笑いが漏れる。
ドラムの彼が言った。
「みんな初めはお前みたいな顔をするんだ。でもすぐに飲み慣れる」
「そうなのか……」
半信半疑のままもう一度口に含むと、ピリリとした炭酸と甘みが心地よくのどを刺激した。
「確かに美味い」
「だろ? これがアメリカだ」
笑ってグラスをぶつけ合った。
「よーし、このまま飲みに行くぞ!」
それから進たちは、進駐軍キャンプからほど近いバーで乾杯した。
話題は音楽のこと、バンドのこと。それから杯を重ねるにつれ、どこの戦場へ行ったとか、故郷のことなどに話は飛び火した。
「尾田くんはどこから? 訛りはないみたいだが……」
話を振られ、進はあるがままに話す。
「こっちの生まれだ。復員してからは、実家の事業を手伝ってる」
「どんな商売?」
「あー、まあちょっと込み入った仕事だ。商売は上々のようだけど別段誇れる仕事でもない」
なんとなく濁して答える進に、仲間のひとりが身を乗り出す。
「なになに? 尾田くんは金持ちのおぼっちゃんなのか!?」
それからは皆にぼっちゃん、ぼっちゃんとからかわれた。
「ぼっちゃんはやめてくれよ、子どもみたいだ」
「だったら若旦那か?」
「いや、まだ事業を継いだわけじゃないしな」
そう言って、進はふと考え込む。
小さい頃から、ゆくゆくは家業を継ぐものだと思っていた。周囲がそう扱ったし、長男として、親から当たり前に期待されているのもわかっていた。
でも……。
戦争から戻って、今日初めて生きていることを実感した。店ではけっして味わえない興奮と感動を、ステージで味わってしまったのだ。
「継がないのか?」
そんな仲間の問いに、進は答える。
「やっぱり音楽がいい。俺には音楽がすべてだ、今日思い知ったよ」
テーブルが一瞬静かになり、ジュークボックスのミュージックが近くに聴こえた。
それから隣のやつが肩を叩く。
「やろうよ、みんなで音楽を」
「そうだな、やろう、またこのメンバーで!」
他のメンバーも口々に言った。
「ああ、ありがとう……。よぉし、やるぞ俺は!」
進は椅子から立ち上がり、拳を振り上げる。
みんなも進の真似をした。
それからひとりがほろ酔い加減で言う。
「機会があったら、日本人向けのキャバレーでもやってみたいな。たまにバンドの募集があるんだ」
「日本人向けか……」
進としては、音楽をやれるならどこでもよかった。
他のひとりが声を潜めて言う。
「キャバレーっていえば、〈角砂糖〉の話は知ってるか?」
「〈角砂糖〉?」
「界隈で流行ってるらしい、新しいクスリだ」
「へえ……」
その時進はとくに気にとめなかった。
けれどもその〈角砂糖〉が以前、戦場で小耳に挟んだドラッグだということを、後に進は知ることになるのだった――。
それからしばらく。進は家業より、音楽活動に精を出すようになっていた。
その日も進駐軍クラブへ行くべく、駅前からトラックの荷台に乗り込む。
と、若い女性が同じトラックに乗り込むのに、もたついているのに気づいた。
「お嬢さん、手を貸すよ」
手を取り荷台へ引き上げる。彼女は別のバンドのメンバーなのか、初めて見る顔だった。
「ありがとうございます」
「ん、どういたしまして」
はにかむ笑顔が印象的だ。年は少し年下か。
進は興味を引かれつつ、彼女と並んで座った。
「あなたも進駐軍クラブでバンドを?」
女性は親しげに話しかけてくる。
「……ん? ああ、俺はサックス。君は……」
おそらくダンサーか歌い手だろう。
「ああ待って。当ててみせる」
答えようとするのを押しとどめ、進は彼女を観察した。
彼女は期待のまなざしで、進が当ててくるのを待っている。
「んー、そうだなあ……。歌手! だろ?」
「ふふっ、当たりです」
なぜか笑われてしまった。
進もつられて笑う。
「わざとらしかった? 楽器持ってないもんな。だから歌手か、ダンサーしかない」
「ですよね」
「進駐軍クラブのキャバレーへは? もう何度も?」
「はい、何度か」
「俺も。何回か行ってる」
そこで車が走り出し、ふたりは慌てて足を踏ん張った。
軍事用のトラックは大きいだけに、よく揺れる。
「……っと、大丈夫?」
「はい、無事です。びっくりしましたけど」
彼女が荷台から転げ落ちなかったことにほっとして、進は煙草に火をつけた。
「君の声、いいよな。なんだか耳に残る。きっといい歌を歌うんだろうなあ」
何気なくそんなことを口にすると、彼女は戸惑いの表情で進を見つめた。
「え……。ありがとうございます……。でも、そんなこと言われたの初めてです」
どうもお世辞だと思われたらしい。
「ははっ、お世辞じゃないさ! クセになるような声。ああ、待って、これ口説いてるみたいだ」
彼女は口元を隠しクスクスと笑っていた。笑顔に胸を射貫かれる。
「あれ、笑顔も最高」
「え……?」
本音が漏れてしまった。
「どうしよう。ますます口説いてるみたいになった」
自分でも浮かれすぎだと思いながら、進は続ける。
「うん、じゃあついでにこのまま口説こう。今日、一緒にステージに立たない?」
彼女は驚いたように目をみはった。
「君の歌でサックスを吹いてみたい。君は今日何を歌う予定だった?」
そんな進の問いに、何曲かの曲名が返される。
「OK! それならちょうど楽譜を持ってる。ほら! な?」
歌手の彼女はそれを見て、うなずいてみせる。
「交渉成立?」
「はい、私でよければ」
「よかった! 僕は尾田進。君は?」
「私は――」
美しい声が美しい名前を告げた。
美しく、心惹かれる人との出会い……。
この出会いが、進の運命を大きく変えることとなる――。
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不死鳥は踊る / ジョン・カワグチ
キレのあるドラムに力強いトランペット。それらの奏でる西洋のリズムに花を添えるのは、日本娘のコケティッシュなダンスだった。
1950年、東京――。
未だ敗戦の痛手の中にあるこの国で、不死鳥フェニックスが翼を広げようとしていた。
今キャバレーのステージで踊っている彼女のことだ。
進駐軍の通訳ジョン・カワグチは彼女を見ながら、フェニックスの日本語訳は不死鳥だったと頭の中で考えた。
彼女のダンスは羽ばたく鳥のように美しく、情熱的だ。
敗戦国である日本にこんな力があったとは、と驚かされ、励まされる思いだった。
ジョンはカワグチという姓からもわかるように、日本人の血が流れている。父親が日本人の、日系二世だ。
「へえ、あの女が気に入ったのか? ジョン、お前にぴったりだ」
ジョンをここへ連れてきた、進駐軍の同僚が肩に手を置きながら耳打ちした。
その言葉にはからかいのニュアンスが含まれている。彼は普段から日系人であるジョンのことをからかって「イエロー」などと呼ぶことがあった。
元敵国である日本へあまりいい感情を抱いていない米国人は多く、ジョンたち日系人への風当たりも強い。だからジョンも、いろいろ言われるのには慣れていた。
それを許容しているかといえば、けっしてそうではないけれど……。
ともかく彼は、ジョンと彼女で“イエロー”同士、お似合いだと言いたいらしい。
「なあ、あの女を引っかけたら、夜がどんなだったか教えてくれよ。きっと今ステージでやってたみたいにいやらしく腰を振るぞ?」
「悪いがセックスには興味ない」
ジョンは彼の手を払いのけた。
「ウソつくな。あの女のこと、やけに熱い目で見てたくせに」
「そういう目で見てたんじゃない」
くだらない話をするうちに、曲が終わって彼女は舞台袖へ消えてしまった。
ステージでのショーはさっきの曲で、一旦終わってしまったらしい。
フロアに照明が灯り、スローテンポの曲が流れだす。ここからはチークタイムのようだ。
「ねえ、踊りません?」
店のホステスがジョンや同僚に声をかける。
同僚は別のホステスに手を引かれて行ってしまったが、ジョンはその気になれなかった。ホステスに断りを入れ、グラスを手に壁際へ移動する。
ここ〈New Tokyo〉は占領軍御用達のキャバレーで、客のほとんどは占領軍の兵士たちだ。
兵士と日本女性が対になって踊る姿を、ジョンはウィスキーを飲みながらぼんやりと眺めた。
その時さっきのダンサーが、ジョンの目に映る。
不死鳥の彼女だ。彼女も誰かと手を取り合い、微笑を浮かべて踊っていた。
相手は知らない兵士だった。
彼女の艶やかな赤い唇が何か言い、微笑みの形を作った。
頬に浮かぶえくぼが作り笑いでないことを証明している。
ジョンは微笑みかけられている男をうらやましく思った。
彼女と手を取り合い、見つめ合いながら踊るのはどんな気分なのだろう。
彼女を間近に見つめ、同じ空気の中にいられたら……。
想像すると、ジョンの胸はなんともいえない甘い熱に侵された。
その時、彼女とふと目が合う――。
見つめていることに気付かれたのか。それとも目が合ったと思ったのは気のせいか。
遠目に見る彼女の唇は、相変わらず微笑みの形を作っていた。
そこでジョンは目の端に、別のものをとらえる。
日本人の男と米兵が連れ立って、フロアを出ていくところだった。
ジョンはふたりの仕草に特別なものを感じ取り、彼らを追いかける。
ふたりは廊下の暗がりで話していた。
「あのクスリ、また女に持たせてくれるよう伝えてくれ。今夜、前と同じ場所に」
日本人の方がうなずき、廊下の奥へ消えていく。
おそらく〈角砂糖〉と呼ばれる違法ドラッグの話だ。ジョンは上層部からの密命でその〈角砂糖〉を追っていた。
流通ルートをつかむチャンスかもしれない。
「〈角砂糖〉? よかったらわけてくれないかな」
ジョンは何気ないふりをして、米兵に声をかけた。軍服の徽章を見るに、階級はジョンと同等だ。
彼は疑いのまなざしをジョンに向ける。
「なんの話だ? 〈角砂糖〉なんて知らないな」
「みんなそう言う。上にバレるとことだから……」
ジョンは声を落とし、周囲を警戒してみせる。
「誰にも言わない。一度試してみたいだけなんだ」
すると米兵は苦笑いを浮かべて言った。
「そんなにあれが欲しいなら、この店に通い詰めてみるといい。アンタに怪しい動きがなければ、そのうち売人の方から声をかけてくると思うぞ」
やはりここ〈New Tokyo〉で〈角砂糖〉の取り引きは行われているらしい。
ジョンの見立てが当たった――。
*
ししおどしの音が鳴っていた。
あれから数日。ジョンは上官への伝言を携え、東京都内の老舗料亭に来ていた。
よく磨かれたヒノキの廊下を踏み、ジョンは上官のいる和室へ急ぐ。
こんな場所に早足は似つかわしくない。しかし急ぎの用件だった。
「お食事中失礼いたします、ホワイト大佐」
ジョンはその場にひざを突き、返事を聞くのもそこそこにふすまを引く。
「ワシントンより入電、至急お話したいことがあるとのことです。車は待たせてありますので、総司令部にお戻りを」
大佐は大きく息をつき、肩をすくめた。
その仕草はジョンに見せるためのものではない。向かいの席に女性がいた。
(彼女は――)
「慌ただしいな。まだ料理に手をつけてもいないのに……」
大佐はぼやきながらも腰を上げる。
「行ってくる。ジョン、君は私が戻るまでの間、私の可愛い天使が退屈しないよう話し相手になってやってくれ」
「――は。承知いたしました」
離れていく上官の足音を聞きながら、ジョンは彼女と顔を見合わせた。
そして気がつく。
「! 貴女は――」
ジョンがキャバレーで見惚れた“不死鳥”だった。
ホワイト大佐に日本人の愛人がいるのは知っていたが、まさかそれが彼女だったとは……。
「……あのう?」
彼女はジョンの反応を見て不可解そうにする。
「いや、失礼。キャバレーで貴女のダンスに見惚れたことがあったので、驚いてしまいました。大佐の『可愛い天使』が貴女だったとは……」
「〈New Tokyo〉にいらしてたんですね……」
彼女はまだ戸惑っている様子だ。
「まあとにかく、大佐がおられた上座にどうぞ。私は下座で結構です」
「そんな、軍人さんを下座になんて座らせられません……」
「そうですか?」
ジョンの口元からは微笑みが漏れる。
上官の愛人を、こちらが無下に扱えないことはわかっているだろうに。もともと奥ゆかしい女性なんだろう。
ステージでは大胆に踊るのに、やっぱり日本女性だ。
「では――」
ジョンは上座に座り、お銚子に手を伸ばした。
「ホワイト大佐が戻るまで、しばらくの間お相手いたします。さ、お注ぎしましょう」
「恐れ入ります……。貴方も飲まれますよね?」
彼女が上座に伏せられていた杯を表に返そうとする。
「いえ、私は結構。せっかくですが任務中ですので」
言いながら彼女の手を押しとどめようとしたところで、手と手がかするようにしてぶつかった。
「すみません、あのぅ……」
「ああ、申し遅れました。私はジョン・カワグチ。参謀第二部で翻訳や通訳を担当しています」
「カワグチさん……。それで日本語がお上手なんですね」
少し話してリラックスしたんだろう。彼女が香るように微笑んだ。
それからまた少し、ふたりは日本語や日本文化のことを話す。
その中で、わずかながら彼女のことがわかってくる。
彼女が話す英語は終戦後、必死になってした勉強のたまものらしい。
それで米国人の大佐とコミュニケーションが取れているわけだから、たいしたものだ。
一方のジョンも日系人とはいえ、幼い頃から自然に日本語に親しんでいたわけではなかった。日米の関係が悪い中、家族も日本との繋がりを隠すようにして生きていたからだ。
「私も同じでした。生まれ育ったサンフランシスコのような西海岸の町では、日本語を話すことすらはばかられ、日系人は――」
つい暗い話になってしまった。ジョンは話題を変える。
「そうだ、貴女のショーも素晴らしいですね。特に『シング、シング、シング』での力強いステップは、貴女が一番、音楽とダンスを楽しんでいるように見えました」
「そんな、お恥ずかしい」
照れ笑いなのか、彼女は小さく微笑みながら首を横に振る。
「謙遜が多いのは日本人の悪い癖です。素晴らしいものは、素晴らしい。戦争が終わって、まだたった5年。その短期間であんなに素晴らしいダンスを踊れるようになったのでしょう? 英語にしても、凄まじい努力のたまものだと思います」
その言葉は掛け値なしの、ジョンの本心だった。
彼女には目をみはるような才能がある。そしてその才能を開花させたのは、彼女自身の血のにじむような努力だ。ジョンにはそれがわかった。
ところが彼女は、困ったように笑って意外なことを言う。
「ダンスを褒められたのは初めてです」
「! そうですか……、今まで誰も褒めてくれなかったとは……」
「日本人の踊りは見るに堪えないと……、そうおっしゃる方もいました」
「…………」
ジョンは言葉に詰まった。
確かに米国人の中には、日本人の音楽やダンスを認めない者も多い。
けれどもそれは偏見に曇った目で見ているからだ。見る目があったら、ダンサーが米国人だろうが日本人だろうが、関係なく評価できるはずだからだ。
ジョンはゆっくりと首を横に振り、彼女の瞳をのぞき込んだ。
「今に気付きますよ。ビッグバンドを背に、スウィングする貴女がどれだけ素晴らしいか――」
ジョンの脳裏で、今日も彼女は華麗に翼を広げていた。
このひとを知りたい。そんな思いが膨らむ。
ジョンが彼女の真実を知るのは、もう少し先のことになるのだが……。
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キャバレーの光と闇に包まれて / 不破学
1958年、ある地方都市。キャバレーのネオンが輝く通りで、男が女の腕を引いていた。
「なあ、少しくらいいいだろう!? 俺がどれだけ通い詰めたと思ってるんだ」
腕を引かれた女の体が傾く。
「駄目よ。お店の外では会えないことになってるの」
「そう言わずにさあ。秘密にすればバレないだろ?」
「お願い。もう戻らなきゃ、支配人に叱られちゃう」
女の潤んだ瞳にネオンの光が反射した。
そこへ黒塗りのクラウンが滑り込んでくる。
運転手がキャバレーの正面で車を止め、後部座席のドアを開けた。
背の高い男が車から悠々と下りてきて、キャバレーの建物を見上げる。
スリーピースのスーツになでつけた黒髪がよく似合っていた。年の頃は、不惑は越えない頃だろうか。
彼の名を不破学といった。
キャバレーの前で腕を引っ張り合っていた男女は、呆気に取られたように学を見つめる。周囲の客たちとは、まとうオーラが違っていた。
と、学がキッと男を見据えた。
彼は大股で男に歩み寄ると、女の腕をつかんでいた男の手首を持ち上げる。
「店の売り物に手を触れるな」
「――は?」
「消されたいのか」
「あんた一体――」
そこへ後ろから声が聞こえてきた。
「不破社長! お待ちしておりました」
キャバレーの建物からぞろぞろと従業員たちが出てきて、緊迫した表情で店の入り口に並ぶ。
「社長……ってことはあんたあの、“キャバレー王”か!」
男は学を見上げて息を呑むと、そそくさと逃げていった。
全国各地に次々とキャバレーをオープンさせている“キャバレー王”。夜の世界でその名を知らぬ者はいなかった。
逃げる男には目もくれず、学は女の顎を持ち上げる。
「お前……」
厚化粧の下の顔には幼さが残っていた。
(似ているが、別人か……)
学は小さなため息とともに手を離す。
「もう行け」
「は……、はい!」
女と入れ違いで店の支配人が飛んできた。
「うちのホステスが何か失礼を……!?」
「いや、なんでもない」
行方知れずになっている、学の妹に似ていた。ただそれだけだった。
彼女は今頃、どうしているのか……。
(あいつが幸せでなければ、俺の人生に意味はない――)
キャバレーの光と闇に包まれて、妹の幻影が、学の胸に幾重にも影を落としていた。
*
学と妹との、運命の交わりの発端は二十数年前、戦前にまで遡る。
その時学は11歳。ビアホールの女給をしていた母親と、母ひとり子ひとり、アパートの一室で暮らしていた。
ところがその母親が、数日戻っていなかった。
学が学校へ行っている間に荷物がなくなっていた。母は男と逃げたのだ。
相手は最近、ここへ顔を出すようになっていた男だろう。男はビアホールの客だった。
しかし恨む気持ちは起こらなかった。学にはもともと父親がいない。
母親にとって自分がお荷物なのはわかっていた。
いつかこうなるだろうということも、薄々勘づいていた。
学は生まれつき頭がよく、そして冷静だった。
さて生きるためにはどうすべきなのか。一人残されたアパートで、じっと待っていても飢えて死ぬだけだ。
学がそう考え立ち上がりかけた時、玄関のドアがノックされ、外側から開かれた。
母親が思い直して帰ってきたのかと思ったが、入って来たのは知らない中年男だった。
薄暗い部屋で鉢合わせし、学と男はお互いに息を呑む。
「お前ひとりなのか? そういえば、息子がいるって言ってたな……」
「母さんは何日も帰ってない。おじさんは?」
「不破という名前に聞き覚えは? お前の母さんの雇い主だ」
雇い主ということは、ビアホールの社長か経営者か。なるほど、不破は身なりのいい男だった。
彼は部屋の奥へ目をやりながら言う。
「お前の母さんがここ数日無断欠勤していて、おかしいと思って来てみたんだが……。もぬけの殻みたいだな。前払いしていた分の給料を、持ち逃げされたと見える」
前払い……。そんなことを言われても、11歳の学に返す金があるはずもなかった。
「さてどうしたものかね」
不破はテーブルに広げられていた、学のノートを手に取る。
「坊主、小学生か」
「尋常小学校の5年」
「勉強はできるのか」
学は肩をすくめた。
「計算は得意だから、商家にでも働き口がないかと思ってる……」
学の覚悟を聞き、不破が困り顔で笑う。
「働くつもりなのか。それなら坊主、うちへ来な?」
「俺が、おじさんのところに?」
「ああ。お前の母さんに貸した分、こっちとしても返してもらわなきゃ困るんだ」
学にとってそれは天の助けだった。こき使われるかもしれないが、ここにいて飢えてしまうよりずっといい。なんとかして生きられる。
「わかった。なんでもする。俺は何をすればいい?」
「そうだな。まずはうちに住まわせてやるから、中学校までは行ってくれ。借金を返すのは、そのあとでいい。ただし三倍にして返すこと」
不破は学の髪をわしわしと撫でた。
キャバレーの経営者・不破には子どもがいなかった。
そして学の才覚を認めたんだろう。しばらくして学を正式な養子として迎えた。
それから数年、不破家に待望の子どもが生まれた。
「おじさん、産まれたのか!」
旧制中学校から帰り、産声を聞いた学は不破家の居間へ飛び込む。
不破の妻が赤ん坊を連れ、産院から戻っていた。
「いい加減に“父さん”と呼べ。ほら、お前の妹だ」
不破が笑って、白いおくるみに包まれた赤ん坊を差し出してきた。
学は戸惑う。
「いいのか? 俺が抱いて……」
不破夫婦にとって、待望の赤ん坊だ。しかも生まれたてほやほやの。
他人に触れさせたくない宝物に違いない。
それでも義父は、赤ん坊を学に抱かせようとした。
「抱いてやってくれ。お前は兄さんになったんだ」
「…………」
学は慎重に手を伸ばし、ミルクの匂いのする赤ん坊を抱き取る。
その瞬間、胸に温かなものが生まれた。
(俺の妹……)
妹はやわらかくて小さくて、今にも壊れてしまいそうだ。
どんなことがあってもこの小さな命を守ろうと、学は心に決めた――。
*
時は飛んで1945年――。
終戦後すぐに復員した学は、不破の養子として、経営に関わるようになっていた。
その頃不破はビアホールを畳み、キャバレーに経営の軸足を移していた。
学もそのうちの数店舗を任されていたが――。
その夜、学は義父からの呼び出しを受け、不破邸に戻っていた。
「父さん、話って――」
「そこへ座りなさい」
夜の書斎で向かいに座らされた。
義父・不破のただならぬ気配に、学はそっと片眉を持ち上げる。
彼は着物の袖に腕を入れ、難しい顔をしていた。
それからおもむろに切り出す。
「悪い噂を耳にした」
「噂? 一体なんでしょう」
「お前に任せている〈New Tokyo〉のことだ」
〈New Tokyo〉は系列の他店舗とは違い、GHQ専用のキャバレーとして運営されている店舗だ。
「あの店では最近〈角砂糖〉っていうドラッグが人気らしいな?」
不破はじっと学を見つめる。学も目を逸らさなかった。
「さあ。客か店の若いやつが、勝手に持ち込んだのかもしれません。目くじらを立てる程のことでもないと思いますが」
学は小さく笑ってみせた。
実際、店に〈角砂糖〉を持ち込んだのは学自身だった。ただ、義父の耳に入るほど、噂が広まっているようでは危ない。やり方を変えなければ……学はそう考えた。
「ご心配おかけしてすみません。店にドラッグを持ち込ませないよう、すぐに手配します」
「待ってくれ!」
立ち上がりかけた学を、義父が手で制した。
「……父さん?」
彼の必死なまなざしに、学は嫌な予感を覚える。
「その〈角砂糖〉、うちの系列のキャバレーで、大きく取り扱いたいと思っている」
「何を言い出すんですか!」
「お前も知っての通り、店の売り上げが思わしくない。経営の柱になるものが必要だ」
「だからって……。ドラッグを手広く扱うのは危険です!」
義父は声を絞り出すようにして言った。
「……学、俺を助けてくれ……」
学は目まいを覚える。
恩義のある不破の申し出を、そう簡単には断れない。彼の経営するキャバレーだって見捨てられない。
(俺は……)
悩んだ末、学は危険を冒す決断をする。
「あれを扱うなら、それなりの準備と覚悟が必要です。軍ならともかく一般に売るなら、ヤクザが商売敵になる……」
「ああ……。ありがとう、学!」
「やめてください、父さん。水くさい」
ふたりはお互いの手を取った。
それが最悪の結末への序章だとも知らずに――。
それから数年。その日は妹の、12歳の誕生日だった。
(こんな日に仕事だなんて、ツキに恵まれないもんだな……)
学は心の中で自分を笑いながら、夕刻の道を急いでいた。
多忙な中、誕生日の妹と食卓を囲むのはあきらめたが、せめてプレゼントくらいは渡してやりたい。
道を曲がったところで見覚えのある制服が目に飛び込んでくる。
はたしてそれは、学が今思い描いていた妹本人だった。
「おう、今帰りか」
「ガク兄ちゃん」
「随分遅かったんだな。居残りか?」
冗談めかして聞くと、妹は首を横にぶんぶん振ってみせる。
「違うよ。図書館で勉強してて、気づいたら夕方で」
「フフ、お前らしいな。誕生日だってのに」
ちょうどよかったと、学は胸ポケットに手を入れた。
「そうだ。お前にコレを……」
差し出された包みと学の顔を、妹は瞬きしながら見比べる。
「プレゼントだ。道端で悪いが、祝いの席で渡せないから」
「え……。一緒にお祝いできないの?」
妹の輝く瞳に、喜びと落胆とが入り交じった。
「仕事がちょっとな。父さん――いや、社長を煩わせるほどのことじゃないんだが、俺は行かないとまずそうでな」
妹を悲しませまいと、学はプレゼントの方へ話を逸らした。
「ま、とにかく開けてみてくれ」
妹の細く柔らかそうな指がリボンを解く。
包みから出てきたものはかっちりとした箱に収まった、外国製の万年筆だった。
「お前、大学に行って立派な科学者になりたいんだろう?
洒落た髪飾りや小物よりも、万年筆の方がいいかと思ってな」
さっきまで落胆に陰っていた妹の瞳がまたキラキラと輝きだす。
「ありがとう、大事にする……!」
「そうか。喜んでくれたなら俺も嬉しいよ」
それから学は腕時計に目を落とした。
「そろそろ帰りな。さ、屋敷まで一緒に行こう。って言ってもすぐそこだが……」
ふたりは並んで、家への道を歩きだす。
もう屋敷の門が見えていた。
門をくぐり、踏み石を踏んで玄関へ。
「……えらく静かだな」
その時学は、不吉な気配を感じ取っていた。
普段ならにぎやかな屋敷が、しんと静まりかえっている。
玄関の戸を開ける。
そしてふたりの目に飛び込んできたものは……。
こうしてふたりの、宿命の物語が幕を開けた――。
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